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スターまるかじりインタビュー 

朱里 エイコインタビュー


1998年下半期゛キタガワレコード人気べスト30゛の第10位に選ばれた朱理エイコさんにインタビューを決行。1998年キタガワレコード会報にインタビューの模様を掲載したところ、大反響を頂きました。
以下からは当時のリストを再現します。
今回はキタガワレコード人気歌手ベスト30に初登場ながら、第10i位にランキングされた朱里エイコさんに特別インタビューをして参りました。
朱里エイコさんといえば、100万ドルの゛100万ドルの脚線美゛と゛日本人離れした歌唱力゛で一世を風靡し、世界的にも認められた日本人では数少ない国際派シンガーの一人。
さあーどんな、話が飛びだすのでしょうか!   

★インタビューは、店長のジュン北川 (通称・ぢゅんちゃん)

(ぢゅん) こんにちは。

(エイコ) この間のディナーショー来てくれてありがとね。

(ぢゅん) 感動しました。特にビートルズメドレー!

(エイコ) 私16才の時、単身でラスベガスに行ったでしょう。でも、むこうのショービジネスは、すごく厳しくてね、ホテルやカジノで歌うんでもすべてオーディション。でもね、ビートルズナンバーを歌うと必ず合格したの。だから、思い入れが一際あるし、ビートルズは私にとって青春なの。

(ぢゅん) ゛Yさん゛(有名女性歌手)ですら何度もおっこっちゃってるのに、本場で認められるという事は、スゴイですよ。エイコさんの声って独特じゃないですか。ソウルフルというか。他の歌手には真似出来ないフィーリングを持ってらっしゃると僕は思います。

(エイコ) それはどうもありがとう。でもね、さっきのビートルズじゃないけど、面白い話があって、偶然私が歌っていたクラブにリンゴスターが遊びに来てたの。で、終わったとたんに彼がスタンディングしてくれて「アンコール」「アンコール」よ!そりゃー天下のビートルズですもん、その時は嬉しかったけどあとが大変。私の行くところ行くところに追っかけてきて、迫られたのよ。

(ぢゅん) うわ〜。それで、どうしたんですか?

(エイコ) 断ったわよ。

(ぢゅん) もったいない!うまくいったらひょっとして今頃゛第2のオノ・ヨーコになっていたかもしれないじゃないですか。

(エイコ) その頃はまだ純情だったし・・・。今じゃ、こんなに太っちゃったから、こっちから迫ったって相手がお断りだろうね。(笑) 


【5年ぐらい入院してね、もう歌えないんだな・・・と病室でしょっちゅう泣いてたわ】

(ぢゅん) 一時は生きるか死ぬかの病気をされたそうですね。

(エイコ)  5年位入院してね、もう歌えないないんだな・・・と病室でしょっちゅう泣いてたわ。        こんなに太っちゃったのも、薬の副作用のせいなの。だから、カムバックした時、昔のイメージと全然違 うから、ファンにどうやって接しようかって悩んだの。でもね、フォローするわけじゃないけど、太ったおかげで昔よりう〜んと声に厚みが出たと思うし、元気になってまたこうしてみなさんの前で歌えるということがすごく幸せ。


(ぢゅん)  その通りです。僕もそうですが、キタガワレコードの会員もみんな、応援していますよ。最近では、エイコさんの歌が東京のクラブで流れたり、復活CDがでたりとちょっとしたブームになっているんですよ。今回のキタガワでの人気ランキングも、そのへんの影響があると思うけど。

(エイコ)  あんたから貰った「イエイエ」のCD(Pウ゛ァインから発売されたキング時代の全曲集)、懐かしかったわ!

(ぢゅん)  感動モノですよ!コレクターの感覚でいくと、エイコさんのキング時代のシングルを集めるのにどれだけ苦労することか。あとその前の゛田辺エイコ゛名(ビクター時代)で出したやつもそうですけど。

(エイコ)  私ね、今回のそのCDを聞いて、全然覚えていない歌いっぱいあったわ。

(ぢゅん)  デビュー曲は「恋のおとし穴」でしたね。これは、覚えてますでしょう。

(エイコ)  全然覚えていない。カップリングの「孤独の太陽」(ウオーカーブラザーズのカバー)は覚えてるけど、これがB面だ とはしらなかった。あと、アニメの「アニマル1」も覚えていない。その頃は、日本の音楽にまるで興味がなかったのね、きっと。

(ぢゅん)  「イエイエ」はその年のCM大賞でしたけど・・・。

(エイコ)  ♪イエイエ〜(歌い出す)でしょ。これは、覚えてるわよ。その頃、小林亜星さんのつくった曲もレコーディングしてるから。マルコ−メみそ〜「歌い出す」もそうだったし。未発表曲の「恋にダウンタウン」(ペトラクラークのカバー)はラスベガス時代によく歌ったわ。あと「マッシュケナダ」(セルジオメ ンテス&ブラジル66のカバー)は日本に帰ってきたときに、玉乗りしながら歌ったわ。(笑)  

(ぢゅん) 玉乗りってあの玉乗りですか、なんでまた・・・。

(エイコ) 日本に帰ってきたはいいけど、なかなか売れなかったからなんでもやったわよ。

(ぢゅん)   その後、2回の渡米を経て、昭和47年にあの「北国行きで」の大ヒットででスターの仲間入りを果たした日本人女性歌手ではじめてカーネーギーホールの舞台に立ったわけね。

(エイコ) 最初はこの歌嫌いでね。私は英語の歌が歌いたかったし、そっちの方が自分にはあっていると思ってた。でも「北国〜」があったからこそ、朱里エイコがあるし、あんな素晴らしい舞台が出来たと思うわ。

(ぢゅん) これからも体に気をつけて、もっともっといい歌をたくさん歌って下さい。今日はどうもありがとうございました。          

【ぢゅんちゃんのインタビュー後の感想】

とてもチャーミングでオープンな性格のエイコさん。デビュー当時の話や、「北国行きで」の裏話など、普段ではなかなか聞くことができない中身の濃いインタビューをすることができました。
 今でこそ、日本で活躍するR&B系シンガーは、数多く存在していますが、インタビューしたあの頃は、小柳ゆきさん、MISIA,さんなどの実力派シンガーはまだ誕生しておらず、インタビュー後は、しきりに「歌のうまい子がでてこなくて淋しい・・・」と嘆いておられました
現在エイコさんは、体のことを考え、゛意に添う仕事なら・・・゛と、年間数本のライブ、デイナーショーを行っているそうです。又ニュースがありましたら是非とも紹介させていただきますね!

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