スターまるかじりインタビュー 

2003年7月15日号 【第13回目】 浜村 美智子

和32年「バナナボート」を大ヒットさせ、「カリプソの女王」として一躍人気を集めた浜村美智子さん。現在もラテン・シャンソンを中心にダンスパーティーやディナーショー等のステージをマイペースにこなし、ますます円熟味を増した歌声を披露されています。そんな浜村さんに懐かしい思い出話を語っていただきました。

♪デーオ・・・誕生

(ぢゅん)先日浜村さんの主演されていた昭和33年封切り映画「ジャズ娘栄光あれ」という映画を見ました。

(浜 村)何十年前になるんでしょう・・・。お恥ずかしい!

(ぢゅん)スクリーン中の浜村さんはとても野性的でクール。茶髪のロングヘアーにビキニ姿で歌う「バナナボート」には完全にノックアウトされました。今のファッションに通じる格好良さがあると思います。

(浜 村)そうですか。若かったから怖いもの知らずだったんでしょうね。

(ぢゅん)昔のグラビアを見ても、衣装が他の歌手の皆さんに比べてかなりのインパクトだったんじゃないでしょうか。

(浜 村)衣装は全部自分のアイディアだったんですよ。当時まだお金が無かったので、「バナナボート」に合う衣装は何がいいかと思いまして、コーヒー豆の袋でドレスを自分で創りました。それがたまたま「バナナ〜」のイメージに合ったんでしょうね。

(ぢゅん)当時はプロダクション管理が徹底して、歌手は自己主張できなかった時代だったと思うんですが、浜村さんはデビュー当時からビジョンをはっきりと発信なさってたんですね。

(浜 村)それはそれは生意気だったと思いますよ。(笑)

(ぢゅん)逆にそれが良かったんでしょう!

「バナナボート」のヒットで渡米されて、「パティペイジショー」や沢山のテレビ番組にも出演されましたしが、日本の地を離れての活動はどんなお気持でしたか。

(浜 村)アメリカはショービジネスの徹底した国ですから、物凄いカルチャーショックも受けました。すでにテレビはカラーでしたし音楽も最先端。日本は10年以上遅れてるなと感じました。今となってはいい経験をさせて頂きました!

(ぢゅん)アメリカで吹き込んで発売したレコードもありましたしね。

(浜 村)私もぜんぜん覚えてない歌をマニアの方が持ってて下さって、手紙を頂いたりしますよ。

(ぢゅん)浜村さんのレコードは中古業界では高値で取引されてる人気歌手のお一人なんですよ。最近クラブでもジャマイカやラテン音楽がちょっとしたブームで、世代を超えて若いDJにも支持されてますからね。

(浜 村)光栄です。

「紅白歌合戦秘話」

(ぢゅん)数年前にある雑誌で浜村さんが紅白歌合戦についてのインタビューで、「昭和33年“第8回紅白歌合戦”に初出場した時の曲は、NHKの資料ではすべて“バナナボート”になっているけど、実際歌ったのはエルヴィスプレスリーの“監獄ロック”」だったとおっしゃってて、その真相を確かめたくて、浜村さんに僕、問い合わせたことがありましたよね。

(浜 村)そうでしたね。今でも皆さん「バナナ〜」で出場していると思ってるみたいなんですが、あれだと(バナナ)男性コーラスが入るので紅白ではまずいという事になって、どう言うわけか女性のわたしが「監獄ロック」を歌うハメになったという・・・。(笑)

(ぢゅん)2年ほど前にNHK−BS「あの歌この芸」に出演された時に、「監獄ロック」を歌われましたね!

(浜 村)あれ、あなたに「歌ってください」と言われなかったら一生歌わなかったですよ。(笑)当時だって紅白以外歌った記憶ないですし、歌詞は当然覚えてないですから。でも久しぶりに歌ってみて、楽しい歌だなと思いましたよ。歌詞がちょっと過激ですけど。

(ぢゅん)また今度機会がありましたら是非歌ってください。(笑)浜村美智子バージョンの「監獄ロック」大好きなんで。

(浜 村)ははは。わかりました。     

【ぢゅんちゃんのインタビュー後の感想】

当時を知らない僕に対して同じ目線で話しをしてくれる浜村さん。大ベテランなのに謙虚。そして勉強熱心。ラテンを聴いたときに感じる“明るさの底にある哀しみ”を知りたくていつかは現地に行って本場のラテンに触れ合いたいとおっしゃっていた言葉が忘れられません。今年の秋ぐらいにはファンの皆さんにはたまらない企画もあるそうです!ぜひお楽しみに!!

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