スターまるかじりインタビュー 

2003年8月15日号スターまるかじりインタビュー
【第14回目】二代目コロムビアローズ(宗紀子)

「東京のバスガール」などで知られるコロムビアローズが結婚し引退。先代の後を継ぎ二代目として昭和37年「白ばら紅ばら」でデビューしたのがこの方!昭和39年に「智恵子抄」を大ヒットさせ紅白歌合戦にも出場を果たし、「たけくらべ」「二十四の瞳」などの文学歌謡を次々にヒットさせ、1960年代を代表する歌手のひとりとしてその名を全国に知らしめました。

現在はロスアンゼルスで歌手として活動を続けている傍ら、日系2世を相手にボーカル教室も開いています。キタガワレコードでも人気の彼女に、今回国際電話でインタビューすることに成功しました。

オーディション秘話

(ぢゅん)ローズさんは初代コロムビアローズさんが引退後、二代目募集オーディションに選ばれてデビューなさったわけですが、ご自身で応募なさったんですか。

(ローズ)いえ、友人が私に内緒で応募したんです。高校の進学コースで勉強している時期に大好きな父が亡くなって、全ての意欲を失くしていたんです。そんな私を心配した友人が居たたまれなくなって、デビューのきっかけを作ってくれたんですよ。

(ぢゅん)そんな悲しいいきさつがあったんですね。

(ローズ)友人は音楽の時間に私の歌を聴いてますから、歌を歌えると知って応募したようです。

(ぢゅん)応募総数3500人の中から選ばれたんですよね。

(ローズ)13曲(初代コロムビアローズさんの)の課題曲の中から選ぶんですが、譜面を本屋さんで買って覚えました。バイオリンをやってましたので譜面が読めるし、詩を見ればイメージが沸くし、コンテストなので難しい歌の方がいいんじゃないか?と思っていろいろ考えましたね。

(ぢゅん)オリジナルのレコードは聴かなかったんですか。

(ローズ)歌謡曲を全く知らないで育ったものですから、1枚もレコードは持ってませんでした。今思えば大変失礼な話なんですが、面接の時に「コロムビアローズさんのレコードを何枚持ってますか」と尋ねられて「1枚も持ってません」と答えてしまったんですよ。

(ぢゅん)向こうはビックリされたでしょうね。

(ローズ)どうなんでしょうか・・・。デビューしてからその面接して下さった方がトップのディレクターだと知り、後で「あの時レコードを1枚も持っていないと答えたのはあなただけでしたよ」とおっしゃってました。(笑)

突然の渡米・・・

(ぢゅん)まだまだこれからという時に、昭和50年に突如渡米なさったのは何故ですか?

(ローズ)当時はお客さまのためにというより、母の喜ぶ顔が見たくて歌ってたんですよ。

その母に死なれてはぐれたような気持になったんです。いつも私を応援してくれていましたのでね。

(ぢゅん)人間誰しも親に対する愛情は深いと思いますが、ローズさんの場合その愛情がかけがえのないものだったんでしょうね。お父様の時もそうでしたし。

(ローズ)そうですね。それに加えて「このままレールに敷かれた人生」でいいのだろうかという気持もありましたので、母の死をきっかけに思い切って日本を離れて自分を見つめ直そうと思ったんです。大学で児童心理学を学んだり、クラシックギターを習いにドイツに留学したりと、日本を離れて自分の興味があった事をいろいろ学びました。それがとっても今の私に役立っています。

(ぢゅん)現在はロス在住で、歌手活動を行う傍らボーカル教室をなさっているようですね。

(ローズ)はいそうです。それと数年前に新曲がアメリカ・カナダ・日本の三国で発売されました。「花狂言/ひそか」で作詞は阿久悠さん、作曲は喜多嶋修さんに作って頂きました。

(ぢゅん)日本へはお帰りにならないんでしょうか?

(ローズ)9月に一時帰国しますよ。お仕事も何本かありますし。

(ぢゅん)それは楽しみですね!時間があれば是非伺います!今日は、キタガワレコードで人気のある歌手のお一人とお話することができて嬉しかったです。

(ローズ)こちらこそ!私のことを支持して下さいってる皆さんによろしくお伝えくださいね。ありがとうございました。

■新曲■

花狂言/ひそか ※   日本では現在販売されておりません。
CD及び日本でのステージに関するお問い合わせは、キタガワレコードまでどうぞ。

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