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スターまるかじりインタビュー 

2004年1月号スターまるかじりインタビュー

【第19回目】 渡辺 マリ


昭和36年に日本中に旋風を巻き起こした“ドドンパ”。その火付け役となったのが「東京ドドンパ娘」を歌った渡辺マリさん。この歌は今だに多くの歌手によって歌われている日本の歌謡曲のスタンダードナンバー。現在マリさんは時折懐古番組や、歌手協会のステージで歌声を披露しています。

幼少時代はクラシック好き

(ぢゅん)マリさんの生い立ちを昔の本で見てたんですが、小さい頃家に豪華なステレオセットがあったそうですね。

(渡 辺)そうなんですよ。父が医院を開業してましたんで、とても恵まれた環境だったと思います。

(ぢゅん)マリさんの周りのお世話はいつも“姉や”がしていたとか。

(渡 辺)ははは。そうなんです。「箱入り娘」でした。(笑)

(ぢゅん)そんなマリさんの家庭環境もあってか、クラシックを聴くのが好きだったそうですね。

(渡 辺)そうなんですよ。学校から帰ってくると色んなクラシックのレコードを聴くのが楽しみでした。音楽は好きだったんですね。あと映画も好きで、ソフィアローレンの「いるかに乗った少年」に感動しましてね。そこで使われたジャズを聴いてるうちに、ジャズを歌いたいと思うようになったんですよ。

(ぢゅん)それで東京キューバンボーイズの専属シンガーとなったわけですね。

(渡 辺)はいそうです。

(ぢゅん)そしてビクターレコードにスカウトされてデビューしましたが、デビュー曲は「東京ドドンパ娘」ではなかったんですよね。

(渡 辺)はい。一般の方はたぶん「ドドンパ」がデビュー曲だと思ってる人が多いんですけど、「ムスターファ」という外国曲です。パラキンの皆さんと競作でした。

ヒットしたけど、馴染めなかった芸能界

(ぢゅん)それまでの歌謡界ではマンボやジルバ、チャチャチャなんかのリズムが流行ってたと思うんですが、マリさんの「東京ドドンパ娘」のヒットで、ドドンパのリズムが大流行しましたよね。

(渡 辺)最初に聴いた時は変わったリズムだな・・・と思ってましたけど、歌ってみるととても楽しくて、自然に体が動いてました。

(ぢゅん)ヒットして生活も一気に変わりましたでしょ?

(渡 辺)うん・・・。歌うことは楽しかったけど、どうも馴染めなかったですね。デビューするまでは「ごきげんよう」と挨拶してたのが、芸能界に入ったら、朝でも夜でも「おはようございます」でしょ?なんで夜なのに「おはよう」なの?って言うと周りの人たちから「あいつは“ゴネマリ”だ」と呼ばれちゃったり。単純な疑問を口にしただけなのに、それを何でおかしいと言われるのかって思いましたね。あと、私には欲が足りなかった。人を押しのけてスターになってやろうという気がこれっぽっちも無かった。ヒットしても何か虚しい気持がありましたよ。

(ぢゅん)マリさんの気持と、周りの環境のギャップにがどんどん生じてしまったんですね。

(渡 辺)そうですね。だから今の方が、あの頃よりも歌が楽しく歌えると思います。私も色々と人生を経験したつもりですし、今だったら昔応援して下さった人たちへの恩返しの気持で!

(ぢゅん)「東京ドドンパ娘」は色々な人がカバーしてるんですから、やはりオリジナルシンガーとしてこれからも歌い続けてくださいよ。

(渡 辺)ありがとう。

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